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Grognez le journal

ゆっくり のんびりでもいいじゃない     ~のろまな主婦の日々~

おばあちゃん  

『西の魔女が死んだ』 という映画を観ました。。。DVDで。

映像がキレイで 昔の田舎を 思い出しました。


私は生まれた時から 母方の祖母と同居していました。

父は いわゆる マスオさんでしたが 祖母は父をいつも褒めちぎっていました。

その理由は おいおいわかるようになるのですが。。。


私は末っ子だったせいもあり、おばあちゃん子でした。

祖母は いつも私たち孫たちに優しくて 信仰心もあり(仏教です)

感謝のキモチを忘れない人でした。

家には いつもお客さんが絶えず  人の集まる家でした。


そんな祖母が 徐々に変わっていきました。

認知症・・・・その当時はボケと言われていました・・・になったのです。

私はまだ小学2~3年だったと思います。

時々 祖母がまるで別人のような 顔つきになるのです。


日をおうごとに 祖母はどんどん 別人になっていきました。

まだ70代だったのに。。。 

後に検査で 事故の後遺症だったのでは と医師から説明されたと聞きました。


いいお天気の日に 学校へ傘を持ってきたり 
・・・ それは私が中学へ行っても 小学校へ 届けていました

炊飯器をガス台に乗せてダメにしたり 急に何かがないと 騒ぎ出したり

夕方になると そろそろ帰らないと と 自宅にいるのに外へいってしまったり。。。

排泄もうまくできなくなり 夜の徘徊もありました。

私の事はもちろん 娘である 母の事も わからなくなりました。


時折 ひどく怒りだして ものすごい力で つかみかかられたこともありました。

当時 私は小学6年で そんな祖母が怖くて どう対応していいかわかりませんでした。

そんなある日 私の部屋に入るなり怒り出した祖母が

私を 叩き始めたのです。。。それまで 祖母に叩かれるなんてなかったのに。

涙がでました。 悲しさと なんともいえない 辛さとで

気がつくと 私も 祖母を 叩いていました。

その時の 手の感覚は 今も忘れることができません。

ものすごくひどい 罪悪感でいっぱいでした。

その後も 何度か叩かれ ブツブツ言いながら 部屋を出て行く祖母。

1人部屋で ひどい罪悪感で ずっと泣いていました。

両親は共働きで 姉たちは独立していたので

昼間は ご近所のかたが 交代で 遊びにきては 様子をみていてくれました。


ある日 外で転び骨折をしてから 祖母は寝たきりになりました。

それから 6~7年、自宅で 両親が介護をしていました。

正直、寝たきりになってくれた方が 徘徊などしないので 少しは楽でした。



母はしばらくパートを続けていましたが  やはり 途中で辞め

介護中心の生活に なりました。

私は 逃げるように高校は下宿を選び その後東京へ。。。


介護をしている母は 何も話さない祖母に 沢山話しかけて

手をさすり 窓の外がいつも見えるようにしていました。

父もまた オムツの交換など 力のいることなどには 積極的に協力していました。

その二人の姿には 脱帽です。

私も 実家に帰省した時は 祖母の食事の世話や着替えを手伝いました。

離乳食のようなものでも 工夫して 母が手作りしていました。

祖母のスキな物を 入れて それを食べると あまり表情のない祖母も

なんとなく 笑顔になっているようでした。


お人よしで 知らない人でも気軽に招き入れて お茶やお菓子をだして

おしゃべりがスキで  いつも 「ありがたい ありがたい」 と言っていた祖母。

私が妊娠したことを 実家にしらせた数日後  父と母に見守られながら 眠りに着きました。

ホントに 安らかに 眠るように逝ったということです。

私は 実家が遠いのとつわりがひどいのとで お葬式等には参列できませんでした。

だから なんだか 今でも実感がわかない・・・そんなカンジです。


もっともっと いろんな話を聞きたかった。

働きもので シワシワのおばあちゃんの手がスキで。

そのおばあちゃんの左手薬指にある くすんだ金色の指輪が キラキラにみえて。

ホントにホントに 大好きだった おばあちゃん。

だけど あんまり 言ってあげられなくて ごめんね。

叩いたりして 本当に  ごめんなさい。



父は 公務員で転勤がありました。

しかし 祖母のことがあったので 転勤を 断り続け ずっと 昇進せず。。。

それを知っていて 祖母は 父を いい人だ、いい人だと自慢していました。



成長していくと 私の顔をみても どちらさまですか?と言われましたが

私の名前だけは ずっと覚えていてくれました。

それが ずっとずっと 嬉しかったです。

大変な時代を生き抜き いつも明るかった 祖母。

もっと もっと もっと   「おばあちゃん 大好き」って言いたかったです。
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Posted on 2009/07/13 Mon. 00:32 [edit]

category: 心のつぶやき

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